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2012年7月26日木曜日

I'm Nobody! Who are you? 288 /Emily Dickinson翻訳

I'm nobody! Who are you?
Are you nobody, too?
Then there's a pair of us?
Don't tell!
They'd advertise , you know.
私は取るに足りない!
貴方はどんな人?
貴方も取るに足りない?
要するに私達は似た者同士?
打ち明けないで!
人は売名を事とするでしょ

How dreary to be somebody!
How public, like a frog
To tell your name the livelong day
To an admiring bog!
一角の人物である事は、どれ程退屈でしょう!
フランス人のように、日の長い六月、お世辞の泥沼に嵌る為に人の噂をするなんて
どれ程公共心に富むというのでしょう

Who are you?・・貴方は誰?ではなく、「貴方はどんな人?」です。
誤訳「あなたは誰?という部分を盗用しているのが谷川俊太郎です。
nobody・・私は取るに足りない!。
「誰でもない人」と過去から現在までの全ての大学の教授、助教授、准教授は誤訳しています。
somebody・・一角の人物。
「誰か」ではありません。
like a frog・・「蛙のように」ではなく、「フランス人のように」です。

この詩が何について書いてあるか、学者や詩人には理解出来ません。
翻訳者が、詩を翻訳する事が出来ないのは考えれば分かります。
伝えようとする事を理解出来ない翻訳家や学者、詩人には、詩を翻訳する事が出来ません。

人の詩を盗んでは詩を出版して来た詩人には、翻訳出来る人は一人もいません。
私の翻訳を盗んで本を書き換える岩波書店、思潮社其の他出版社は、泥棒によって詩を売れないものにし、詩人の生活を破綻させています。

12:36 2012/07/26木曜日

亀井俊介東大名誉教授の誤訳(性格の悪い、品のない女と一緒に訳しています。それだけで詩を穢しています。)
何を言いたいのか分かりません。
自分の名前を唱えている蛙を見た人がいるでしょうか?
英語も知らない、日本語も話せませんか?


私は誰でもない人!あなたは誰?・・誰でもない「人」はいません。
あなたも-また-誰でもない人?
それなら私達お似合ういね?
だまってて!ばれちゃうわ-いいこと!・・亀井教授とこの女の関係が分かるようで気味が悪い。

まっぴらね-誰かである-なんてこと!
ひと騒がせね-蛙のように-
聞きほれてくれる沼地に向かって-六月じゅう-
自分の名前を唱えるなんて!


①②の翻訳詩を一昨日から非表示にしているのは、誤訳専門東京大学、国際基督教大学、エミリー・ディキンスン学会です。

①2012年7月24日火曜日
There's a certain Slant of light/Emily Dickinson翻訳
http://wasure71.blogspot.jp/2012/07/theres-certain-slant-of-lightemily.html

②2012年7月25日水曜日
I felt a Funeral, in my Brain280/Emily Dickinson翻訳
http://wasure71.blogspot.jp/2012/07/i-felt-funeral-in-my-brain280emily_25.html

東大でも、国際基督教大学でも、他のどの大学の英文科に行っても、
葬式を頭の中に感じる教授に
理性に背もたれや板があり、壊れる事を、習わなければなりません。
破れる感覚は、海に、世界にぶっつかると教えます。
日本中の英文科には、卒業する価値がありません。
又私の翻訳プリント、詩奴隷のプリントを何日分も盗まれています。
日本中の大学教授、詩人、小説家、エッセイストは泥棒です。
泥棒に翻訳が出来ない事を私が皆様に教えます。
私の翻訳した詩は、検索に載せません。
私と家族の住所・氏名・電話番号を書き込んでいる恐喝脅迫強要政治家のサイトの恐喝記事や、大嘘の翻訳はどんどん検索出来ます。
総務省が犯罪を犯しています。
恐喝強要脅迫を続けている保坂展人を総務省顧問として、恐喝脅迫強要犯行実行中も採用しています。


①亀井俊介
わたしは葬式を感じた、頭の中に、
そして会葬者があちこちと
踏み歩き——踏み歩き——とうとう
感覚が破れていくように思えた——
・・・・
・・・・
それから理性の板が、割れてしまい、
わたしは落ちた、下へ、下へと——
そして落ちるごとに、別の世界にぶつかり、
そして——それから——知ることを止めた——

亀井俊介=訳 「わたしは葬式を感じた、頭の中に」
亀井俊介=編 『対訳 ディキンソン詩集』 アメリカ詩人選(3)
岩波文庫 1998/11

②加藤菊雄
私は頭脳の中に葬式を感じた。
弔問者があちらこちらに
足を踏み、足を踏みつづけ、とうとう
感覚がすっかり破れかかった。
・・・・
・・・・
やがて理性の板が割れ、
私は下へ下へと落ちていった。
そして落ち込む毎に世界にぶっつかり
それから知ることが終ってしまったのだ。

エミリィ・ディキンスン=作 加藤菊雄(かとう・きくお)=訳 (280)
『完訳エミリィ・ディキンスン詩集』 研友社 1976/09/27

③中島完
私の頭の中ではお葬式があるらしかった
会葬者のあちこち往来(ゆきき)する足音が
ずしりずしりと重く続いて
私の「感覚」はこわれてしまいそうになった
・・・・
・・・・
しばらくして「理性」にさし渡した踏板が割れ
私はどんどん下へと落ちた
すべてを突き破りとある一つの世界にぶつかった
そしてもう私は「知ること」を終えたのだ

中島完=訳
「エミリ・ディキンスン詩集 続自然と愛と孤独と」
国文社 改訂版 1999/02 所収
「エミリ・ディキンスン詩集 続自然と愛と孤独と」
国文社 1973/01
国文社改訂版 1999/2

③新倉 1972, 1976
わたしは頭の中で葬儀を感じた
会葬者たちがあちこちと
歩きまわって 歩きまわって とうとう
意識が破れるかと思われた
・・・・
・・・・
それから理性の板がこわれ
下へ下へとわたしは落ちていった
つぎつぎに別の世界につき当り
とうとう なにもわからなくなった——

ディキンソン=作 新倉俊一訳
a. 「豪華版 世界文学全集38 世界詩集」 アメリカ編
講談社 1976/10/20
b. 「世界文学全集48 世界詩集」 アメリカ編
講談社 1972/01/06
講談社 1976/10/20


岩田典子
わたしは頭のなかに 葬式を感じた
会葬者があちこち
踏みつづけ
感覚がなくなるかと思った
・・・・
・・・・
理性の背もたれも壊れ
わたしは下へ下へ落ち
つきあたっては 新しい世界へ入った
するともうなにもわからなくなってしまった——

エミリ・ディキンスン作 岩田典子(いわたみちこ)=訳 P280
「エミリ・ディキンスン—愛と詩の殉教者」 創元社 1982/11/20